[所有の作法]Vol.1 村上臣 前編 "ビジネス界に広がる工芸"

[所有の作法]Vol.1 村上臣 前編 "ビジネス界に広がる工芸"

LEGASEEは、工芸の価値は作品だけで完結しないと考えています。

誰が選び、どう暮らしに迎え、どんな時間を重ねたのか──その「所有の仕方」もまた、作品の一部になる。

この連載「所有の作法」では、LEGASEE代表の増田が聞き手となり、持ち主の視点から工芸の魅力をひもといていきます。

 

所有の作法 Vol.1

村上臣──工芸を“暮らしに実装する”ひと

【前編】

 

ゲスト:村上 臣(元ヤフー株式会社 執行役員CMO)

聞き手・文:増田 将星(LEGASEE代表)

 

工芸の価値は、作品だけで完結するものではない。誰がそれを選び、どんな暮らしに迎え入れ、どのような時間を重ねたのか。持ち主の眼差しと日々の営みが、作品にもうひとつの物語を与えていく。

連載「所有の作法」では、工芸を暮らしの中で生きたものとして愛する人々を訪ね、その“持ち方”に宿る哲学を聞いていく。

 

第一回のゲストは、村上臣さん。ヤフー執行役員CMOなど、日本のテック業界の最前線を歩んできた人物だ。その村上さんの自宅には、現代作家の茶盌やガラスの器、そして江戸初期の樂焼の旅茶盌までが、驚くほど自然に並んでいる。

 

 

── 一杯の茶から始まる朝のこと

 

村上さんの自宅の棚には、さまざまな茶盌や器が季節ごとに入れ替わりながら並んでいる。コレクションの展示棚というよりも、毎朝手を伸ばすための“道具置き場”という方が近い。

「伝統工芸は作品として鑑賞する楽しみももちろんあるのですが、自分としてはやはり実際に使ってみて五感で味わいたい。リモートワークの時は、朝ここに来て、お湯を沸かして稽古がてら仕事前に自服で点てています。」

日本文化、特に茶の湯においては季節感を大切にする。茶道を嗜む村上さんも、どの茶盌で飲むかは、そのときの気分や季節が決めるようだ。寒い日にはこれ、夏には奥にしまっていた涼しげなものが前に出てくる。そうして選んだその日の「お気に入り」を持ち出し、丁寧に抹茶を点て、一日を始める。

 

 

村上さんが工芸に初めて触れたのは、いわゆる民藝の世界だった。

「おそらく最初は民藝ですね。元々インテリア好きでもあるので、工芸というよりは“用の美”を感じる民藝がスタートでした。」

きっかけは、パートナーのご実家が茨城にあり、益子が近かったこと。当時は“益子ブーム”もあり、義父が陶器市に足を運ぶ習慣があった。その延長線上で、村上さん自身も「行って、見て、買う」という体験が自然に始まったという。

そのなかで、決定的な出会いがあった。

 

 

「益子といえば、濱田庄司さんですよね」

益子を訪れた際に資料館のような場所で、濱田庄司やバーナード・リーチ周辺の作品に触れる。唐津の流れを汲む仕事にも出会った。そのとき、理屈や知識ではなく、もっと直感的な何かが立ち上がったと村上さんは振り返る。

「頭というよりは感覚としてポンと入りましたね」

まだ二十代前半のことだった。知識として理解するよりも先に、直感的に身体が反応する。この入口の“速さ”が、村上さんのその後の収集の根底にずっと流れているように思える。

 


──ファッションの延長線上に

 

工芸に出会う以前、村上さんが惹かれていたのはファッションだった。とりわけ、当時のDiorのエディ・スリマンの仕事に強く反応していたという。

「ファッションにも美術的な要素と工芸的要素とがあって、特に彼の服は彫刻作品を身につけることで、自身も作品を構成するひとつになったような感覚でした。」

この言葉は、村上さんの美意識の核を端的に表しているように思う。美しいものを鑑賞して終わりにするのではなく、身体の近くに置き、日々のなかで“使う”ことに慣れている人なのだ。ファッションという、最も生活に密着した美の領域で審美眼を磨いてきたからこそ、工芸に対しても「使うこと」が最初から自然な選択肢になる。

 

 

では、最初に手にした工芸作品は何だったのか。

「陶器市で益子焼の皿を買ったのですが、誰の作品なのかはもう覚えてないですね。陶器は無名の民芸品が多かったので」

そして村上さんが“本当の初め”として挙げたのは、やはり益子の作家ものだった。

「本当の初めは島岡達三の作品ですね。義父から受け継いだもので、どうやら引き寄せたようです。」

“買った”のではなく、“巡ってきた”。この感覚は、後編で語られる「現世におけるレンタル」という哲学に自然とつながっていく。工芸との出会いの最初の一歩が、自らの意志と同時に、土地や縁のめぐりあわせでもあったということ。それが村上さんの収集の物語に、奥行きを与えている。

 

写真:茶杓は村上さん自作、茶盌は松林豊斎作


 

──「家の作風」と「当代の挑戦」を見る眼

 

村上さんに、工芸の良さをどこに感じるかと訊ねると、返ってきたのは明快な一語だった。

「一番は作家性ですよね。」

ただし村上さんの言う「作家性」は、個人の才能や個性だけを指しているのではない。ここから、もう一段深い階層に話が入っていく。

「代々……家の作風ってあるじゃないですか。家の作風と、その時の当代の作風の試行、作風みたいなものが結実するわけです。」

つまり村上さんが作品を見るとき、その奥にあるもの──家が代々積み上げてきた“型”と、当代がその時代を背負って挑む“更新”──の両方を見ている。作品そのものの美しさはもちろんだが、それが生まれるに至った背景や途方もない努力、家系の芸風と個人の試行がぶつかり合って結実する、その瞬間に立ち会えることが工芸の面白さだという。もちろん家のバックボーンがない現代作家も多数存在する。ここでいう「家系」とはその土地が育んできた「系譜」や「文化」をひっくるめた総合的な概念だろう。

 

 

だからこそ、村上さんは「襲名」という行為の重みについても深く言葉を費やす。

「歴史が長いところの当代は責任が重いですよね。先代から襲名してつなげていく。私の理解では、襲名って単なる名義変更ではないと思うのです。自分にはもう理解できないくらいの重圧があるでしょう。」

そして、その構造をさらにわかりやすく言い換えてくれた。

「例えば伝統芸能。落語や講談でもそうですけど、歌舞伎で言えば成田屋の十八番がある。当代はそれがうまくできなくてはいけない。家の芸風ですから。プラス、それをさらに自分らしさを加味して更新していかなければならないわけです。周囲もそれを期待している。」

守るべき型と、更新しなければならない宿命。その両方が可視化されるのが「当代の挑戦」であり、村上さんが惹かれ、手に入れるのは、まさにその挑戦の結晶なのだ。

 

 

──定番ではなく、試行錯誤の現場を買う

 

この視点は、村上さんの具体的な買い方にそのまま現れている。

「宮川さん(真葛窯七代・宮川香齋)や、松林さん(朝日焼十六世・松林豊斎)の作品をお譲りいただいていますが、できれば彼らがチャレンジした新しいものが欲しい。実はまだ松林さんの代表作である月白釉の茶盌を持っていないのは、この話なのですよね。もちろんいつでも欲しいとは思っているのですが(笑)」

周囲に認知された代表作を手に入れるのではなく、作家が新たに試みた挑戦のほうを選ぶ。それは将来「代表作」になるかもしれないし、ならないかもしれない。けれど村上さんにとって大切なのは、ヒット作を“当てる”ことではない。

「進化の過程を目撃できる。同じ時代を生きている大きなメリットですよね。」

 

 

 

同世代の作家たちがいま襲名し、新しい挑戦を始めている。その時間を共有できることの贅沢さを、村上さんはよく知っている。

「この先何百年も継承されるであろう作家さんと、同じ時を過ごしているというのは貴重なことです。古い道具にももちろん魅力はあるのですが、この贅沢を味わうために現代を生きる作家の作品を優先している事実もあります。」

そしてこの感覚は、未来の時間にもつながっていく。

「今から買っていって、60とか70歳ぐらいになった時に「さぁ、茶事をやろう」と思った時に……これまでのストーリーを知っている作品が手元にある。これは楽しいと思いませんか?」

テック業界の速度のなかにいるからこそ、「ゆったりとした時間」の豊かさが見える。工芸を通じて積み重ねる時間は、村上さんにとって人生設計そのものでもある。

 

 

──“道具としての使いやすさ”という基準

 

村上さんが好きな作家に共通しているのは、作家ご本人も茶の湯を嗜まれている方が多いということだ。これは、作品の使い心地に如実に表れるという。

「正面をよけた時に実にちょうどよいところに口が触れる。実際に使って飲むことで、見ているだけではわからない細部に渡って計算された「道具としての質の高さ」をも感じることができるのです。」

インタビューの場では松林豊斎さんの茶盌を使わせていただいた。なるほど、口に当たる部分のなめらかさ、茶が唇に運ばれる角度の心地よさがたしかにある。村上さんが松林さん自身に尋ねたところ、ご本人もそれは意識していると語っていたそうだ。

“美しい”だけでなく“うまく飲める”。村上さんの「用の美」は、知識や理論の前に、身体の実感として定着している。

 

 

──狂気と関係性──新里明士の光器、そして仕立てるという愉しみ

 

村上さんの棚でひときわ目を引いたのが、新里明士さんの「光器」シリーズだった。

「蛍手と言って、光に透けるんですよね。全部穴を開けて、その後透明の釉薬で埋めて、透かしみたいに見えるわけです。」

気が遠くなるような手仕事だ。思わず「狂気を感じますね」と言うと、村上さんも笑って頷いた。

「これは狂気ですよ(笑)。しかし、なんとも美しい。」

また、ある水差しの蓋は、本体の作者とは別の作家──河合優さんがギャラリーの依頼で制作したものだった。村上さんはこうした「作者名だけでは閉じない、周辺の関係性を含めた面白さ」にも惹かれる。作品の成り立ちにまつわる人と人のつながりまでを、愉しみの射程に入れているのだ。

 

 

 

骨董には興味がないのですかと訊ねると、村上さんの答えは明快だった。

「基本的には現代の作家さんが好きですね。作品をつくり続けて欲しいので、なるべく自分ができる範囲で買い支えたいですし。作風の変化を見ていくもの面白いですね。」

そして、工芸との付き合い方は「買う」からさらに一歩進む。

「すごく好きな作家さんがいて、花器などを所有していました。あるときお願いして、茶道具風のものを作っていただきました。」

つまりオートクチュール──注文仕立てですね、と返すと、村上さんはこう応じた。

「まぁ注文仕立てという意味ではそうかもしれませんね。究極のオートクチュールという意味では、江戸時代に藩主が御用窯を構えて職人に作らせたりしていましたよね。佐賀藩の鍋島藩窯(鍋島焼)とか。私の例はものすごくスケールが小さいですが(笑)、お願いしてつくっていただくというのもひとつの楽しみ方です。」

本来箱書きをしない作家に無理を言って書いてもらうこともあるという。“買う”が“仕立てる”に変わった瞬間、工芸は個人の物語と分かちがたく結びつく。それはまさに、作家への深い敬意と信頼があってこそ成り立つ関係だろう。

 

 

後編では、村上さんの工芸哲学がさらに深まるテーマへ。工芸は「投資」なのか。初心者はどう買うべきか。「現世のレンタル」という来歴の思想。そして、17個しかない“掌”茶箱、16世紀のインド更紗、樂 一入の旅茶盌「一休み」──茶箱という“小宇宙”の話へと進みます。

 

 

Profile

村上臣(むらかみ・しん)

青山学院大学理工学部物理学科卒業。大学在学中に有限会社電脳隊を設立。ヤフー株式会社にて執行役員兼CMOとしてモバイル事業を牽引したのち、LinkedIn日本代表、Google合同会社にて日本の検索開発責任者を歴任。現在は武蔵野大学アントレプレナーシップ学部客員教授、株式会社ポピンズ・株式会社ランサーズ社外取締役のほか、複数のスタートアップの戦略・技術顧問を務める。著書に『転職2.0』『稼ぎ方2.0』(SBクリエイティブ)、『Notionで実現する新クリエイティブ仕事術』(インプレス)。

 

 

Photography: Azzy Jelly

Interview & Text: Shosei Masuda