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![[所有の作法]Vol.1 村上臣 後編 "工芸は現世におけるレンタル "](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0692/0621/2766/articles/shinmurakami4.png?v=1773324755&width=100&height=56&crop=center)
LEGASEEは、工芸の価値は作品だけで完結しないと考えています。
誰が選び、どう暮らしに迎え、どんな時間を重ねたのか——その「所有の仕方」もまた、作品の一部になる。
この連載「所有の作法」では、LEGASEE代表の増田が聞き手となり、持ち主の視点から工芸の魅力をひもといていきます。
所有の作法 Vol.1
ゲスト:村上 臣(元ヤフー株式会社 執行役員CMO)
聞き手・文:増田 将星(LEGASEE代表)
前編では、村上臣さんが民藝との出会いから現代工芸へと歩んだ道筋、「家の作風」と「当代の挑戦」を見る眼、そして“使える美”を基準にした独自の収集哲学を聞いた。後編では、工芸を買うことの意味、来歴をめぐる深い思索、そして村上さんが「完成形」と呼ぶ茶箱の世界へ。

近年、経営者やビジネスパーソンのあいだで茶道や工芸への関心が高まっているという声をよく聞く。村上さん自身、その流れの中心にいる一人だ。その背景をどう見ているのか。
「グローバルビジネスに関わる方が増えたというのもあるのではないじゃないでしょうか。海外と触れることで、より日本人としての教養の必要性を再認識する。」
さらに村上さんが強調したのは、もう少し根本的なことだった。
「リベラルアーツの重要性でしょうね。私のまわりの経営者もこの重要性を指摘する人が増えている印象です。世の中やテクノロジーの進化が早すぎるので、より本質的なことを考えないと生き残れないと感じている……そうすると哲学やリベラルアーツを探求する必要性を感じる。」
変化の速度が増すほど、本質を見つめる時間が必要になる。茶の湯はまさにその「本質を考える場の技術」であり、いまの時代に改めて評価される理由がそこにある、というのが村上さんの持論だ。テクノロジーの最前線にいた人がそう語ることの説得力は、やはり大きい。

工芸を買うという行為は、消費なのか、投資なのか、それとも教養なのか。この問いに対する村上さんの答えは、はっきりしていた。
「投資目的かと問われれば、自分はそうではないなと思うのですよね。」
ただし、結果として価値が生まれることを否定しているのではない。順番の問題だという。
「結果的に投資としても成功することもあるでしょうが、やはり自分が好きだというのが最初にある。好きで買っていたら最終的に市場で価値がある……みたいなことはありますね。」
純粋に好きなものを、好きだという確信のもとに選び続ける。その蓄積が、振り返ったときに結果として価値を帯びている。この順序は、前編で語られた「作家の挑戦を買う」姿勢とも通底している。目利きとして“当てにいく”のではなく、自分の審美眼を信じて選び続ける──その態度の反復が、結果としてコレクションに一貫性と厚みをもたらすのだろう。
では、これから工芸を始めたいと思う人は、どこから入ればいいのか。リテラシーがないのですが、と前置きすると、村上さんはあっさりと笑った。
「リテラシーはいらないですよ(笑)。最初はレコードのジャケ買いみたいな話で、『あっ、これは!』と思ったものが出てきます。そこから入るのが一番楽しいし、オススメです。」
最初から作家の名前や窯の歴史を勉強する必要はない。目の前にあるものに「いいな」と感じた、その直感から始めればいい。ただし、ひとつだけ条件がある。
「毎日使ったら気分が上がるぐらいがいいですね」
棚にしまって終わりではなく、毎朝手に取って気分が上がるかどうか。前編で聞いた「生活に実装する」という哲学が、ここでもぶれない。
そしてもうひとつ、村上さんが強調したのは「買う瞬間」の作法だった。
「もちろん準備段階でいろいろ聞いたり調べたりするのも良いと思います。しかし、買う段階では相談しない方がいいですね。相談すると判断を人のせいにしてしまいますから。自分の美意識で決め切る、ということの繰り返しです。」
知識ではなく態度の話だ。相談はしてもいい。でも決める瞬間は自分の目で。その繰り返しが、やがて自分自身の審美眼を育てていく。失敗もまた、そのプロセスの一部であるということだろう。

写真:加藤亮太郎作
実際、村上さん自身も失敗はあるという。
「たくさんありますよ。骨董はそれが多いかもしれませんね。ちょっと思ったのと違うな、とか。かっこいいから買ったけど全然使わないな、とか。」
一方で、日々の暮らしにぴたりと収まる器もある。
「やはり、亮太郎さん(幸兵衛窯八代目・加藤亮太郎)の作品はとても好きですね。見ているだけでもかっこいいですし、毎日使ってもすごく良い。松林さんもそうです。この2人は自分の中にガチッと入っていますね。ホント、いくらあってもいいです(笑)。」
前編で触れた「飲みやすさ」の話がここでも生きている。見た目の美しさだけでなく、毎日の生活のなかで使い続けられるかどうか。その基準を通過した作品は、村上さんの暮らしに深く根を下ろしている。

来歴は重要ですかと訊ねたとき、村上さんから返ってきた言葉は、このインタビューのなかでもっとも印象的なものだった。
「工芸は、現世におけるレンタルですから。今後長く受け継がれるものを今、現世で、作家さんからお預かりしているのですよ。信頼できるお道具屋さんも含めて、次世代に渡すまでが仕事です。」
所有ではなく、預かり。自分の代で手元に置き、大切に使い、然るべきときに然るべき人へ送り出す。その一連を“仕事”と呼ぶところに、村上さんの工芸との向き合い方がよく表れている。
来歴が市場で評価されるのも、同じ構造だと村上さんは語る。
「“誰が持っていたか”が市場で評価されるのは、その方の目利きや徳をみんな信じているから。それも価値に含まれているわけです。」
藤田傳三郎や歴代の数寄者の名を引きながら、持ち主の眼力と人格が作品に新たな来歴を刻んでいくことを、村上さんは淡々と、しかし確信をもって語った。

では、村上さん自身のコレクションはどうなるのか。
「自分が死ぬまでおそらく持っていますから。最後、終活として次の方を見つけるか。あとはリストを作って息子に託そうと思っているのですが、『これはこのお道具屋さんに戻して』とか、指示書ですね。友人とも最近それで盛り上がっています(笑)」
つまり“相続”を、ただ財産を譲ることではなく「どう受け渡すかを設計する」行為として捉えている。作品が次にどこへ行くべきかまで考えて託す。それは、作家が魂を込めて作ったものへの敬意であり、その作品がこれからも生き続けるための設計でもある。
もしいま誰かに譲るなら、どんな人にと訊ねると、答えはこうだった。
「趣味が合いそうな方ですね。お花のものなら、お花の先生とか、同じ教室にいる方とか。同じ趣味を持っている方ならうまく活かしてくれると思いますので。」
作品が“使われ続ける場所”に届けたい。ここでも、村上さんの一貫した哲学──工芸は使ってこそ──が静かに響いている。

話題が茶箱に移ったとき、村上さんの声にはひときわ熱がこもった。
「茶箱ってある種の完成形なのです。中に茶道具に関する美意識が詰まっているわけですよ。つまり、その方なりのキュレーションが凝縮されているわけです。」
茶箱とは、茶盌・茶筅・棗・茶杓などの茶道具一式を小さな箱に収めた携帯用の茶道具セットだ。旅先でも、屋外でも、どこでもお茶を点てられる。
村上さんにとって茶箱が特別なのは、それが“他人の編集物”でもあるからだという。
「その方の美意識が全部詰まって、入れ替えたりして、最終的に『自分が考えた最強の茶箱』みたいになる。要は他人の美意識も含めてまるごと手に入るのは、茶箱しかないのです。」

そしてここで、村上さんは自分自身のキャリアと茶箱が重なっていることに気づいたと笑った。
「なんで自分が茶箱にこんなに惹かれるのだろうと思ったら、モバイルだからです!(笑)。自分のキャリアのスタートが、iモードなどのモバイルインターネットのサービスでしたから。生粋のモバイラーなんですよね。」
いつでもどこでもインターネットに繋がれるように、いつでもどこでもお茶が点てられる。テクノロジーの世界で「モバイル」を追い続けてきた人が、茶の世界でも「携帯できること」に惹かれている。この符合には、思わず頬が緩む。

村上さんが見せてくれた茶箱のひとつは、日本に17個しかないという特別なものだった。
藤田美術館の藤田清さん、大阪の茶道具商・谷松屋戸田商店の戸田貴士さん、博多の茶酒房「万(よろず)」の德淵卓さん。この三人が協力し、現代の作家に別注して作り上げた「掌茶箱」と呼ばれるものだ。
数が少ないという希少性よりも、村上さんが語っていたのは「誰が組んだか」という眼の集合体としての価値だった。三人の審美眼が交わり、それぞれの判断のもとに作家が選ばれ、一つの茶箱として結実している。
そしてこの茶箱のなかで、村上さんが特に目を輝かせたのが、一枚の裂(きれ)だった。
「インド更紗です。大航海時代のサラサですね。16~17世紀くらいでしょうか。綺麗に残っている裂で、現代の作かと思いますよね。貴重なものを譲っていただき、お仕覆に仕立てていただきました。」
茶箱を「小宇宙」と呼ぶならば、この裂はその宇宙に封じ込められた“時間”そのものだ。四百年以上前の布が、現代の作家たちの仕事と並んで一つの箱に収まっている。

さらに、村上さんの他の茶箱には格別の一盌が収められていた。樂家四代・一入の旅茶盌で、銘は「一休み」。江戸初期の作で、320年あまりの時を経ている。
「これは京都の古道具屋さんで求めたものです。元の持ち主はおそらくこの茶盌を最初に手に入れて、この茶箱を組み始めたのではないかなと。茶盌自体に花押と銘が入っているのが珍しいですよね。」

一盌の旅茶盌が人を動かし、それを中心に茶箱という世界が組み上がっていく。持ち主が変わるたびに、茶箱の構成も微かに変化し、時代を映していく。先ほどの「現世におけるレンタル」という言葉が、ここでも静かに響いている。
「楽焼の中ですと、個人的には四代一入が一番好きで。朱の出た感じがたまらないですね。」
旅茶盌のことを「小さくて可愛いじゃないですか」と愛おしそうに語る村上さんに、モバイラーとしてはやはり旅茶盌ですか、と訊ねると──
「そりゃそうですよ。モバイラーとしては、やはり持っていないとダメですよね(笑)」

村上さんの「モバイル茶の湯」は、実際の仕事の場面でも活かされてきた。
「ヤフーの役員の時は、自分の部屋がありましたので、そこに来る方にお茶を入れていましたよ。実は抹茶と中国茶を選べました。」
例えば秘書室のスタッフが相談に来ると、「じゃあお茶でも飲みますか」と一服点てる。松下幸之助が社長室の扉を解放してふと訪ねてくる人の話を聞いたように、お茶で場を整え、対話をする。村上さんにとってお茶は、コミュニケーションの道具でもある。
茶道にはもちろん型・ルールがあるが、一方で見立てるという文化もある。茶道具としてつくられていないものを用いるという懐の深さだ。
「自分のルーツのものをお茶会で使うのも面白いですよね。この前お邪魔した茶会では、亭主がスペインの方でした。自身のゆかりであるスペインの昔の陶器を、花入れに使ったりしていて。和の茶室に素晴らしく調和していました。」
その場にふさわしいものを選び取る力があれば、器の出自は問わない。これもまた、茶の湯の本質に立ち返った自由さだろう。

村上さんの世界は、抹茶だけにとどまらない。中国茶にも深く親しんでいる。
「中国茶の点前は日本の茶道と比較すると、カッチリとしたルールが少ないようです。道具も結構自由度が高いので、相手に合わせて場をどう整えるかが重要ですね。」
必要な道具をまとめたセットを持ち歩き、友人の家でも中国茶を淹れる。
「友達が自宅でケーキパーティーをやるぞとなると、自分が中国茶ペアリングで登場したりします(笑)」
プロの料理人を集めた貸切の席で、寿司に中国茶を合わせる会も開いたという。ワインの世界で言えば、中国茶はブルゴーニュ何個分もの奥深さがあるという。
そしてここでも、村上さんらしい“実装の知恵”が顔を出す。
「自分はお酒を飲まないので、ぐい呑みは茶杯として活躍しています。」
本来用途が決まっているものを、自分の暮らしに合わせて読み替える。それもまた「見立て」の精神だ。

村上さんが思い描く工芸の究極とは何か。最後にそう訊ねた。
「丿貫(へちかん)ではないですけど、全部道具を自分で作って空間なども設えて。そこで茶会をやりたいですね。これぞ究極のおもてなしですよね。」
丿貫は、千利休と同時代を生きた堺の茶人。型にとらわれず、自由な精神で茶の湯を実践したことで知られる。その名を引きながら、村上さんが見据えるのは、道具を「持つ」ことのさらに先──自らの手で道具を作り、空間をしつらえ、人をもてなすという行為の全体だ。
“物を持つ”から、“場をつくる”へ。
村上さんの工芸の物語は、最終的に「おもてなしの統合」へと向かっている。作家への敬意、来歴への責任、そして暮らしのなかで使い続けるという信念。そのすべてが、いつかひらかれる茶会の席に結実する日を、村上さんは静かに思い描いているようだった。
工芸や茶の世界はどんな人におすすめかと訊ねると、村上さんはこう答えた。
「誰にでもおすすめしますよ!今の時代だからこそ、です。」
【村上臣 むらかみ・しん】
青山学院大学理工学部物理学科卒業。
大学在学中に仲間とともに有限会社「電脳隊」を設立。
2000年8月、株式会社ピー・アイ・エムとヤフー株式会社の合併に伴い
ヤフー株式会社入社。
2011年に一度退職した後、再び2012年4月からヤフーの執行役員兼CMOとして、モバイル事業の企画戦略を担当。
2017年11月にビジネス特化型ネットワークのLinkedIn(リンクトイン)日本代表に就任。
2022年4月グーグル合同会社入社。日本における検索の開発責任者として日本独自機能の開発や生成AI活用などに貢献。
現在は武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 客員教授として教鞭をとると共に、株式会社ポピンズ 及び株式会社ランサーズの社外取締役ほか複数のスタートアップの戦略・技術顧問も務める。
主な著書に『転職2.0』『稼ぎ方2.0』(SBクリエイティブ)・『Notionで実現する新クリエイティブ仕事術』(インプレス)がある。
Photography: Azzy Jelly
Interview & Text: Shosei Masuda