カートに入っている商品 : 0 点
カートは空です
![[所有の作法]Vol.2 養老朝枝 後編 "工芸に宿る多様性 "](https://cdn.shopify.com/s/files/1/0692/0621/2766/articles/yourou.png?v=1775580569&width=100&height=56&crop=center)
LEGASEEは、工芸の価値は作品だけで完結しないと考えています。
誰が選び、どう暮らしに迎え、どんな時間を重ねたのか——その「所有の仕方」もまた、作品の一部になる。
この連載「所有の作法」では、LEGASEE代表の増田が聞き手となり、持ち主の視点から工芸の魅力をひもといていきます。
所有の作法 Vol.2 【後編】
ゲスト:養老 朝枝(茶道表千家教授/香道御家流師範)
聞き手・文:増田 将星(LEGASEE代表)
前編では、養老朝枝先生が名香の来歴や「ひとつだけでは教養は立ち上がらない」という総合芸術としての茶と香の話、そして世界観を立ち上げる取り合わせの思想を語ってくれた。後編では、道具を前にしたときの学び方、道具屋との関係、異国のものを席に迎える感覚、そして“壊れる”ことを含めて道具と付き合う姿勢へと、話が深まっていく。

道具を前にしたとき、どこを見ればいいのか。そう尋ねると、養老先生は拍子抜けするほど端的に答えた。
「迷ったら、まずは身近な詳しい方に尋ねればいいんです。大丈夫、そこから目が育っていきます。」
プロフェッショナルは、釉薬の景色や土の色、焼きの具合など、評価の“ものさし”を言語化してくれる。養老先生はそれをよく聞きながら、最後の判断は自分の感覚に預ける。
「説明はしてくださいます。でも『私はこう思う』は、すぐに言わない。まずは自分が何に心を動かされたのか、その感動を大切にします。」
道具との出会いを支えるのが、道具屋との関係だ。養老先生は「お道具屋さんも、ちゃんと人を見ている」と言う。
「この方は一回きりか、長くお付き合いする方か。あちらには、ちゃんと見えているんです。」
高額の道具を求めると、道具屋は宅急便では送らず、京都からでもわざわざ家まで持ってくる。
「『宅急便で送ってください』と言っても、『いえいえ、納品に伺います』と。丁寧だから、というだけではありません。暮らしぶりをご覧になるんです。」
家に入り、住まいの空気を見て、「養老さんにはこういう道具が合う」と見立てる。展示会で売って終わりではなく、次に入った道具があれば「いかがですか」と持ってくる。道具は、人と人の関係のなかで巡っていく。

では、最初に手にするなら何がいいのか。そう問うと、養老先生は迷いなく答えた。
「最初は、お茶盌がいいですね。心から気に入った一碗を。高価である必要はありません。自分の手元に置ける“そこそこの一碗”からで十分です。」
気に入った一碗があると、眺める時間が増える。すると自然に「この器に合うお茶は何だろう」「薄茶器はどんなものが似合うだろう」と、取り合わせの思考が始まっていく。
「最初は、オールシーズンで使える一盌でいいんです。まずはそこから。」
はじめは万能な一碗でいい。そこから少しずつ、季節の理屈を身体で覚えていく。
冬、湯は冷めやすい。だから背の高い深い茶盌を選ぶ。
「冬は、なるべく湯が冷めにくい背の高い筒茶盌を選びます。」
夏は逆に、熱いものをいただきたくない。でもお茶は温かい方が美味しい。そこで口の開いた茶盌で湯を早く冷まし、体感の“涼”をつくる。
「夏は口が開いた平茶盌にします。口が広いぶん、湯が早くさめてくれるんです。」

季節だけでなく、国もまた道具の選び方をひらく。養老先生は、海外で出会ったものも茶席に迎え入れる。
「見立てて使うんです。外国のものでも、良いものは上手に利用して席に生かしていく。それが創意工夫だと思います。」
クリスマスの季節なら、日本にない景色を席に連れてくる。スコットランドやドイツのクリスマスマーケット、ヴィースバーデンの街の空気。旅先で出会った小さな品が、季節のスイッチになる。
そもそも茶の湯は外来文化の受容の上に成り立ってきた。唐物や高麗、海外の染織。異国のものをどう日本の座敷に着地させるか、その工夫の歴史が茶の湯でもある。
床の間や立派な部屋がなくてもいい。絵が好きなら、まず飾るものからでいい。掛け軸でなく額装でもいいし、自分が落ち着く言葉や景色を手元に置くところから、席は立ち上がる。養老先生が言う「精神性」は、豪華さではなく、整った時間のことなのだろう。

養老先生の棚にはトルコの焼き物が多い。中央アナトリアの発掘の地を訪ね、現地で工芸品を買い集めてきた。
トルコは焼き物が盛んで、茶席にも使える。養老先生は「風を感じる頃に」と言って、トルコの茶碗を取り出した。
「少しすっとした佇まいでしょう。風が通る頃に、こういう器を使うと楽しいんです。」
また一つ取り出した器の文様はチューリップ。けれど「チューリップはオランダが本場」という思い込みは誤りだと先生は言う。球根はトルコからオランダへ渡り、ヨーロッパで広まっていった。道具は、知らなかった文化史まで連れてくる。
蝋を立てる真鍮の燭台もある。イランやトルコの市では、目の前で工芸品を作る職人がいて、土地の熱気がそのまま形になる。そんな一点が、和の空間に風を入れる。
養老先生がこれらを手にしたのは、二十年から三十年ほど前。旅先で見つけた一点が、歳月とともに自分の道具へと馴染んでいった。
和の灯りは行灯や手燭など、どこか地味で静かなものが多い。そこへ異国の一点が入るだけで、室内の気分が変わる。ずっと同じ調子では窮屈になるから、と養老先生は笑った。

創意工夫は、使い方の想像力でもある。養老先生が忘れられない光景として語ったのが、トロントの骨董店で見た一場面だ。
日本の仏壇が、扉を開くとネックレスやイヤリングで埋め尽くされていた。
「扉を開けた瞬間、目の前が宝石で埋まっていて驚きました。仏壇がアクセサリーケースになっていたんです。」
違和感を覚える人もいるだろう。だが養老先生は、そこに一本筋を通す。
「仏壇は本来、仏様のお住まいですよね。仏様がいらっしゃらないなら、どなたが使っても差し支えない。美しい家具として生かしているんだ、と受け止めました。」
しかも扉を閉めれば中身は見えない。金庫のようでもあり、発想の転換としても鮮やかだった。

養老先生は、工芸品に出会うと「家に持ち帰ったら、どう使おうか」と考える。用途がわからなくても、まず迎え入れてから役目を探すこともある。
「つい時間を見つけてしまうんです」と笑い、旅先でも道具屋でも、足が向く。好奇心の火種は、自分で消さない。
ロシアで買ったマトリョーシカ、白樺の工芸品。冬の景色が刻まれた小箱を、煙草入れ(茶道具)にして使うこともあるという。
バリ島で手に入れた細密な彫り物も、いまは煙草入れ(茶道具)だ。素材は象牙で、いまではワシントン条約の影響もあり簡単に持ち運べない。時代の変化まで含めて、来歴になる。
「これは何に使うのですか、と聞かれました。でも『使い方は自分で考えます』と言って、連れて帰ってきたんです。」
バリは「神様の国」と呼ばれ、週のうち多くの日に祭礼があり、その都度衣装も変わる。旅先で見た文化の層が、そのまま道具の見立てにつながっていく。

パリのシャンゼリゼ通りのカフェで出会った南部鉄器の急須も忘れがたい。三十年から四十年ほど前、ショッキングピンクの急須が何気なく出てきて「これは日本のものですよ」と言われた。日本で見慣れた黒ではなく、鮮やかな色だったが、使い込むほどに線が立ち、やがて渋さが出てくる。
養老先生が集めたいと思う瞬間は、いつも「用の美」に結びついている。お客様が多い家だから、すぐに使える道具を増やしたい。道具は手元で働いてこそ価値が立つ。
使うと決めた以上、壊れることもまた避けられない。だからこそ先生は「寿命」という言葉で、道具と向き合ってきた。

「十年に一回しか使わないお道具があると、忘れてしまいませんか」と漏らすと、養老先生はきっぱりと言った。
「だからこそ、自分で所有して、きちんと使うんです。」
自分の手で扱い、席で使い、しまい、また取り出す。その繰り返しの中で、道具の季節と出番が身体に染み込んでいく。

そしてもう一つ、養老先生の師の教えが、道具との距離をつくってきた。
「稽古であっても、本物を使いなさい。」
セロロイドの玩具やプラスチック製品が出始めた頃、プラスチックの棗まで出てきたという。壊れないから転がす。そうして所作が荒くなると、本物を扱う手つきまで乱れてしまう。
道具を使う以上、壊れる可能性はゼロにならない。だから養老先生は、借り物で茶会はしなかった。
「お茶会でいろんな方が道具を扱います。もし壊れたら、借りた方にどうお詫びしてよいかわからない。だから私は、借り物で席をひらかないと決めていました。」
師の教えは明快だった。形あるものは必ず壊れる。道具にも寿命がある。
「割れても『仕方がない。このお茶盌は、そういう運命だったんだな』と受け止められるのが、自分の道具です。」
姉弟子が樂茶碗にひびを入れ、「弁償します」と申し出た時、先生の師は怒ったという。
「この茶盌はこれ一つしかない。弁償はできない。『粗相して申し訳ありません』の一言でいい。」
弁償の恐れがあると、人は稽古から遠ざかる。続けるために必要なのは、責めることではなく、受け入れる言葉だ。
壊れたら終わりではない。凹みは直し、割れは金継ぎをする。繕いの跡が、新しい景色になる。そこにも創意工夫が宿る。

話題は、茶室の外へも広がった。養老先生の家にある瓦は、徳川家康が天下を取った後、琵琶湖の近くに築いた膳所城ゆかりのものだ。
台風で正門が壊れ、解体修理の過程で瓦も割れた。修理資金を出したのはアメリカのメアリー・ゲイツ氏で、正門はのちに海外の美術館へ移されたという。割れた瓦は日本に残り、その一片が養老先生のもとへ巡ってきた。
普通の家なら火災除けの意味で三つ巴をつける。しかしこの瓦には、徳川の三つ葉葵と菊の御紋が並ぶ。家康が「膳所」という名を与え、天皇からも許しを得たため、両方の紋が並んだ特別な瓦になったのだという。
庭にはつくばいがある。つくばって手を清める石だが、養老先生のつくばいは高い。
「身分の高い方は、深く屈んでつくばう必要がないでしょう。だからつくばいも高くする。高さを見れば、どんな方がお出入りしていたのかがわかるんです。」
建物の入口も、くぐり戸とは別に貴人のための入口が用意される。身分制度がある時代は、身分に合わせた配慮でもてなしてきた。それでも茶室に入れば、同じ茶と同じ菓子をいただく。境界を越える仕掛けとしての茶の湯がそこにある。
茶室の柱の一本は、鎌倉彫の伝統工芸継承者である三橋鎌幽氏(30代)が手がけたもの。夫・養老孟司先生(解剖学者、東京大学名誉教授)が記した虫の意匠が彫り込まれ、場にささやかな物語を添えている。
違いをどう受け止め、場の秩序へと編み直すか。その視点は、いま語られる多様性にも通じている。
「異国の器を見立てて席に迎えることも、所作の違いをどう受け止めるかも、根は同じです。茶の湯は、違いを排するのではなく、型の中にいったん受け止め、調和へと整えていく文化でもあります。」

特に心を奪われたのが、養老先生の部屋で見た「女性のお点前」を描いた絵だった。
養老先生は「最初は一枚しかなかった」と言う。構図から「数枚あるはず」と感じ、京都の道具屋に頼んで探してもらった。
しばらくして「続きが見つかりました」と連絡が入り、連作として迎えた。女性が点前を楽しむ様子が生き生きと伝わる一揃いは、いまの時代だからこそ新鮮に映る。
男性と女性で所作が違うこと、あるいは社会の役割の話になっても、養老先生は「単純な優劣の構図で語れるものではありません」と話す。表の顔と内の実権、家の中の財布。歴史の生活感覚は、いつも一枚岩ではない。
道具の世界も同じだ。最初はルールがある。けれどそのルールは、誰かを縛るためではなく、その人を美しく見せるために磨かれてきた型でもある。
「女性は女性らしく、男性は男性らしく、ということではありません。その人はその人らしく、が一番大事。型を身につけた先で、自然に自分が出てくるんです。」
最後に、養老先生はさらりと「お茶はおすすめします」と言った。普段着物を着なくてもいい。道具を持ち、手を動かし、相手を想像する。その時間が、暮らしの質を静かに変えていく。
【養老朝枝 ようろう・ともえ】
茶道表千家教授、香道御家流師範。認定NPO法人スペシャルオリンピックス日本・神奈川 理事。東洋大学トップリーダー連携教育支援プログラム 講師。国内のみならず海外(トルコ、ロシア、フランス、タヒチ等)で茶会・香会を開催。解剖学者・養老孟司氏の伴侶として、同氏とともに建長寺山内の「虫塚」建立に尽力するなど、いのちへの祈りをかたちにする文化活動に関わる。
Photography: Azzy Jelly
Interview & Text: Shosei Masuda