栃木県佐野市の鋳物工房「和銑釜 江田工房」の二十三代目当主 江田蕙の次男として生まれる。幼少期より父の工房に出入りし、小学校に入る頃には作業を手伝うようになる。
東京芸術大学大学院で鋳金を学んだ後に長野工房の釜師である二代目 長野垤志に弟子入りし、茶釜作りの技術に加え、茶道も学んだ。
2021年春、3年の修業を終え江田工房に戻る。
天明鋳物は、939年に藤原秀郷が平将門の乱を鎮めるため、河内国から5人の鋳物職人を天命(現在の栃木県佐野市)の地に住まわせ、武具を作らせたことが発祥と言われている。
その後、武家社会での茶の湯の流行で、大胆で独創的な作風や荒々しい肌合いが特に好まれ、「西の芦屋」「東の天明」と、全国にその名を轟かせた。
江戸時代では公家などの庇護を受けたが、幕末には公家が没落、明治以降は生活様式も変化し鋳物師は減少していった。
現在も、天明鋳物の誇りと優れた技術を守り続けている。